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スティーブリーブスの全て|ボディビルに与えた影響No.1の男の伝説

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

日本では、最近フィットネスブーム。

ようやく筋トレが「普通の」趣味として認知されてきた感がありますよね。

世界のフィットネス文化をリードするアメリカでも、かつてボディビルは「変態」の趣味でした。

そんな状況を変え、筋トレを文化という地位に押し上げた1人が、スティーブリーブスという男です。

1950年代から1960年代にかけて活躍した彼が影響を与えた人間は、アーノルドや初代オリンピア王者のラリー・スコットマイク・メンツァーなど数多く存在します。

また、その影響はボディビル界を越えてシルベスター・スタローンやドウェイン・ジョンソンといった俳優にも及んでいます。

まさに、ボディビル界のビートルズともいえる存在なのです。

今回は、そんなスティーブリーブスの経歴・トレ内容・食事内容などについて解説していきます。

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スティーブリーブスのプロフィールと経歴

・身長 185.5cm
・体重 93kg~102kg
・上腕 47cm
・胸囲 132cm
・ウエスト 73.5cm
・もも周り 66cm

筋トレを始めた高校時代|なんと日本にも来ていた

スティーブは、1926年にアメリカのモンタナ州で生まれました。

実家は農家を営んでいましたが、10歳の時に父親が事故で亡くなってしまいます。

母親は、生活を一から仕切り直すために、カリフォルニアに移住しました。

当時のスティーブは、後にボディビルの神となる男とは思えないほどガリガリ

しかも姿勢が悪く、なで肩で猫背だったので、母親が矯正器具を使って矯正していたほど。

高校に入学すると、筋トレに出会います。

体が小さいくせに、やたらと腕相撲が強い同級生が筋トレをしていたのを知ったのがきっかけでした。

また、その同級生にボディビルダーの写真を見せてもらったところ、彼の中に電流が走りました。

すぐに地元のジムに通い始めたスティーブ。ガリガリだった彼の体は、みるみる変わっていきます

しかし高校を卒業後、1度筋トレを中断することになりました。

陸軍に志願し、フィリピンに派兵されたのです。この間、日本軍と戦闘をしています。

そのまま終戦を迎え、短い期間ですが日本にも進駐軍の一員として滞在していたこともあります。

地元に戻りボディビルの道へ

1946年に地元カリフォルニアに戻ると、筋トレを再開。

そして、Mr. Pacific Coastという大会に出場し、優勝します。

翌1947年も同じ大会に出場し、連覇を達成。

“息子”
1947年大会は、地元カリフォルニアで行われ、大変な盛り上がりだったようです

勢いに乗ったスティーブは、全米No.1を決めるミスター・アメリカにも出場し、いきなり優勝という結果に。

このときは、まだ彼の人気は「ボディビル界だけ」という程度でしたが、少しずつ知名度が上がっていきました。

壁を乗り越えスターダムへ

当時、スティーブにはジョングリメッククラーレンスロスという2人のライバルがいました。

1948年、ミスター・アメリカ2連覇を狙ったスティーブの前に、クラーレンスが立ちはだかりました。

スティーブは2位に終わってしまいます。

その後のミスター・ユニバースでも2位という結果。この時優勝したのがジョンでした。

しかし、その後のミスター・ワールドではスティーブが優勝しています。

この3人のライバル関係がメディアを沸かせ、ボディビルの認知度が急速に高まりました。

1949年のミスター・アメリカで、ついに3人が一同に会して激突します。

結果、なんとジョンが優勝、クラーレンスが2位、スティーブは3位に。

プライドをズタズタに打ち砕かれたスティーブは、ボディビルを辞めるかどうか考えた末、リベンジのためにもう1度戦うことを決意。

それまでとはレベルが違う追い込みで1年間体を鍛え上げ、1950年のミスター・アメリカで復帰し、見事優勝

その後のミスター・ユニバースでも優勝し、ボディビル界を代表するアイコンとなったのでした。

ボディビル界を飛び出し、ハリウッドへ

ボディビル界で全てを手にし、スティーブはハリウッドに進出することに。

最初に来たのは2本の脇役オファーでしたが、ニューヨークで演技のレッスンを徹底的に受けるほど準備をして臨んだ結果、俳優としても人気者に。

ちょうどその頃、ピエトロ・フランチーシというイタリア人監督が『ヘラクレス』といいう映画を構想していました。

しかし、マッチョな主人公ヘラクレスに適格な俳優を見つけられずにいました。

ある日、ピエトロの娘がスティーブを見つけ、父親に「こんな奴いたよ」と報告。

ピエトロは2秒でスティーブに連絡を取り「チケットやるからイタリアに来い」と言いました。

スティーブはイタリアに飛び、映画『ヘラクレス』を撮影。

低予算のB級映画でしたが、ヨーロッパで大ヒットします。そして、ヘラクレスはシリーズ化することに。

その後も、自慢の肉体美を活かして20本近くの映画に出演しました。

これらの映画を見た、後世の俳優やビルダーたちがスティーブに大いに影響され、現代のボディビル文化につながっているのです。

スティーブは、2000年にカリフォルニアで亡くなりました。

スティーブリーブスのトレーニング

スティーブは、全身法を使い、週3で鍛えていました。

休息こそが、筋肉を成長させる秘訣であると考えていたそうです。

BIG3やミリタリープレス、ランジやカールなど、種目に関しては現代とあまり変わりません。

ただし、現代のようなマシンはなかったので、フリーウェイト中心で鍛えていました。

鍛える順番は、基本的に固定されていました。

1:肩
2:胸
3:上背部
4:二頭筋
5:三頭筋
6:四頭筋
7:ハム
8:カーフ
9:下背部
10:腹筋
11:首

現代で言うスーパーセット的な要素も取り入れています。

脚トレを後回しにしていたのは、彼がチキンレッグ野郎だったからではありません。

脚トレを後に取っておくことで、体が充分に温まった状態で鍛えることができる、というのが理由。

スティーブリーブスの食事内容

多くのビルダーと同じように、精製されていない食材を食べていました。

肉・魚・卵・オーツ・果物・アーモンドあたりですね。

トレーニングの前日は、カーボの摂取量を大幅に増やしていました。

食事の例

朝食

・バナナ
・全卵3
・プロテイン
・はちみつ
・オレンジジュース

昼食

・果物
・ナッツ
・レーズン
・カッテージチーズ

夕食

・サラダ
・魚
・ステーキ
・じゃがいも

スティーブリーブスの画像と名言

名言

ステロイドなんか使ってるビルダーはだめだ。ナチュラルでマッチョになれるほど男性ホルモンが強くないなら、ピンポンでもやってろ。

よく、俺はアーノルドと比較される。アーノルドはカッコいいよ。でも、仮に「アーノルドになれるボタン」と「スティーブリーブスになれるボタン」があるとしよう。俺なら、常に後者を押す。

最近のボディビルはデカすぎだ。ボディビルは、本来バランスの取れた美しい体を目指す競技だ。どこか体の一部分をデカくすりゃいいもんじゃない。もし、腕が頭より大きいなら、それは美しいとは言えない。

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