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杉田茂 世界一になった日本歴代最高ボディビルダーとは何者なのか

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

「日本最強のボディビルダー」といえば、誰を思い浮かべますか?

おそらく、ほとんどの人は山岸秀匡選手を挙げると思います。

山岸選手は素晴らしいビルダーで、毎年オリンピアの舞台で戦っている唯一の日本人で、世界でもトップクラスの実力の持ち主であることは間違いありません。

しかし、彼は日本歴代最高のビルダーではないんです。

実は、1970年代に当時世界最高峰の大会だったミスター・ユニバースでオーバーオールを制覇した日本人がいました。

彼の名は、杉田茂。

この記事では、そんな伝説の男を紹介していきます。

杉田茂のプロフィールと経歴

・身長 175cm
・体重 83.9kg~88.5kg

終戦直後の大阪に生まれる

杉田茂さんは、1947年に大阪で生まれました。

子供の頃は小学生の頃に腎臓を病んだことで、医者から運動を禁止されていました。

中学生の頃は、意外にも合唱部だったのとのこと。

ただし、医者の忠告をフルシカトして喧嘩をしたり、地元の相撲大会に出て優勝するなど当時からめちゃくちゃでした。

筋トレと出会ったのは、小学校高学年の時。

近くに住んでいた青年の腕がやたらと太く、その人がチンニングをしていると知った時です。

そこで、杉田さんも真似してチンニングを始め、中学に入ってもずっと続けました。

すると、高校に入る頃には鬼の背中になっていました。

高校2年生になると、ウェイトトレーニングを始めます。

柔道部の部室にあったバーベルと、お手製のベンチで筋トレを開始。

周りに筋トレをしている人はいないので、アメリカから本を取り寄せて見様見真似でトレーニングする日々でした。

“息子”
パワーラックなんてシャレたものはなく、床から135kgのバーベルをブチ上げてスクワットしていたらしいです。意味が分かりません。

また、プロテインなんてものもないので、金魚の餌を持ち歩いて食べていたそうです。凄まじい。

この話を聞くと、どんなにマズいEAAも美味しく感じるから不思議。

日本選手権に出場

それでも、数年間筋トレを続けた杉田さんは、かなりデカくなりました。

19歳の時に初めて大会に出ましたが、結果は予選落ち。

それでも努力を続け。1969年、22歳の時にJBBA(現在のJBBF)の日本選手権で、見事5位に入賞します。

その後、日本選手権で続けて3位、2位、そして優勝という成績を収めると、海外に活躍の場を移すことを決意しました。

ミスター・ユニバース制覇

ユニバース日本代表決定戦を制し、1973年にNABBAのミスター・ユニバースに初出場。

現在は、ミスター・オリンピアが世界最高の大会ですが、当時はミスター・ユニバースが世界最高の大会でした。

ユニバースは身長別で、杉田さんはショートクラスに出場し、いきなり2位・オーバーオール5位という快挙。

そして、更に高いレベルと環境でトレーニングするため、単身アメリカに向かいます。

アメリカでは、名ビルダーであるビルパールの指導を受けながら1年ほど滞在。

1975年のユニバースでは、また2位に入賞。

そして、1976年ではオーバーオールを制覇するというとんでもない偉業を成し遂げました。

日本人がボディビルで世界の頂点に立ったわけです。

このユニバース優勝時の動画が残っています。後ほど紹介。

IFBB移籍〜現在まで

ユニバースでオーバーオールを獲った後は、IFBBに移籍。

1981年には、ミスター・インターナショナルでクラス別優勝を果たしています。

1985年のナイトオブチャンピオンズを最後に現役を引退。

引退後は、日本各地でセミナーを開いたり、大阪でKING GYMというジムを運営しています。

また、最近は筋トレ関連の書籍も出版しています。

杉田茂のトレーニング

杉田さんは、時期によってトレーニング方法が違います。

全身法で1部位20~30セットをこなしていた時期もあれば、分割法で1部位100セット(本当)をこなしていた時期もあります。

もちろん、100セットをやるには何時間もかかるので、朝1時間・昼2時間・夜1時間半と分けてやることもあったそうです。

オーバーワークなんて存在しない」とのこと。

“息子”
これは生存者バイアスでは、、、

共通しているのは、とにかくフリーウェイトの基礎種目をやり込むこと。

というか、当時はそれしか選択肢がありませんでした。

日本ではほぼフリーウェイトしかやっていなく、アメリカで初めてマシンを見て衝撃を受けたと話しています。

アメリカでビルパールのもとでトレーニングしていたときは、5レップ×5セット法を取り入れていたこともありました。

5セットとも同じ重量を使い、しっかりストリクトに5レップずつやる方法です。

メニューの例

肩トレの例

・サイドレイズ
・リアレイズ
・フロントレイズ
・バックプレス

バックプレスは、なんと90kg。

脚トレの例

・スクワット
・スティッフレッグドデッドリフト
・フロントスクワット
・なわとび

腕トレの例

・ダンベルカール
・トライセプスエクステンション
・インクラインダンベルカール
・ケーブルプレスダウン

胸トレの例

・ディップス
・ディクラインダンベルプレス
・ダンベルプルオーバー

ベンチプレスであまり大胸筋が伸びなかった杉田さんは、ディップスをやり込むことで大胸筋を作り上げました。

背中トレの例

・チンニング
・ベントオーバーロウ

背中のメイン種目はチンニングでした。

ステロイド使用について

1970年代のアメリカのボディビル界では、すでにステロイドは広く使用されていました。

ただ、日本で使われていたかと言うとかなり微妙だと思います。

杉田さんがステロイドを使っていたとすれば、アメリカで使ったのではないでしょうか。

当時は、ステロイドの副作用に関して分かっていないことも多く「ステロイドは悪いもの」なんていう認識を持つ人が今よりも少なかったので、意外と気軽に使っていたのかもしれません。

1部位100セットなんていうトレーニングを、人間がステロイドなしでこなせるのか、という疑問もあります。

それができたからこそ、彼は世界一になれたのかもしれませんが。

いずれにせよ、ステロイド使用に関して本当のところは分かりません

杉田茂の食事内容

食事は、本格的にボディビルを始めるまでは「金魚の餌」を食べてタンパク質を多く摂取していたというだけで、食事は普通の食事をしていたそうです。

アメリカに渡り、そこで出会ったビルダーたちが牛肉しか食べていなかったのを見て、彼も減量中は牛肉しか食べないようになります。

具体的には、500gのステーキを1日に4枚食べていたそうです。カーボはゼロ。

これ、本人は意識していなかったと思いますが、今で言うケトジェニックダイエットを実践していたということです。

また、杉田さんは1日の睡眠時間が5時間程度だったと話しています。

田代誠さんもそうですが、睡眠時間短いのにこれだけ筋肉が増えるって、本当に人間なのでしょうか。

杉田茂の動画

杉田さんの現役時代の動画が残っています。

ボウズ頭の方は須藤考三さんで、ヒゲを生やした外人みたいな方が杉田さん。

デカい。初めて見たときは衝撃を受けました。

現代でもここまでデカい日本人は数えるほどしかいないんじゃないでしょうか。

こちらの動画では、短いながらもミスター・ユニバースでオーバーオールを制覇した際の様子を見ることができます。国宝級ですよこれ。

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