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サージヌブレ Serge Nubret|”ブラックパンサー”の経歴・トレ・食事

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

現代ボディビルは、人間の限界への挑戦です。

極限まで筋肉をデカく、体脂肪を削ぎ落とし、ドライに仕上げようとします。

一方で、ボディビルの黄金時代と呼ばれる1970年代のビルダーは、確かに競技としてのボディビルを考えたときに現代よりもレベルが低いのは事実。

ですが、1970年代のビルダーは今見ても圧倒的にカッコいい。美しすぎる

引退から40年経っても、アーノルド・シュワルツェネッガーの筋肉に憧れる人間は世界中にいます。

この記事では、そんなボディビルの黄金時代に、アーノルドのライバルとして君臨したサージヌブレを紹介。

「アーノルドに勝っていたのでは?」と言われるほどの肉体を作り上げた彼の生涯・ユニークなトレーニングと食事内容など全てを解説していきます。

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サージ・ヌブレのプロフィールと経歴

・Serge Nubret
・身長 180cm
・体重 93kg~102kg
・上腕 55cm
・胸囲 145cm
・ウエスト 70cm
・もも周り 68cm

ニックネームは、ブラックパンサー。

憧れのスターのようになりたくて筋トレを開始

ヌブレは、1938年にカリブ海に浮かぶフランスの植民地、グアドループで生まれました。

その後、より良い家庭環境を求めて1950年にフランス本土に一家で引っ越します。

フランスで様々なスポーツで無双していたヌブレは、スティーブ・リーブスの肉体に憧れて筋トレを始めました。

スティーブリーブスは、最初期のビルダー(俳優)の1人で、アーノルドなど後年のビルダーに大きな影響を与えました。

筋トレをするうちに「ボディビルに人生をかけてやるぜ」という思いが芽生え、20歳の時に地元グアドループに戻ると初めて大会に出場します。

小規模な大会でしたが、優勝を果たしたヌブレは更に高いレベルの大会を目指して2年ほど筋トレに励みました。

世界レベルのボディビルダーに

1960年、IFBBの”World Most Muscular Man”で優勝すると、1963・1964年と当時最も権威のある大会の1つだったNABBAのMr.ユニバースで2位入賞します。

その後、数年の間ボディビルの大会には出場せずに、俳優活動に専念しました。

憧れのスティーブリーブスと同じように俳優となったヌブレですが、この決断が後のボディビル人生に大きく影響することに

1969年に復帰すると、Mr.ユニバースで3位入賞。

1972年には、オリンピアにも初出場し、3位という結果を残しました。

“息子”
この大会では、アーノルドがオリンピア3連覇を果たし、2位はセルジオ・オリバ。7人のジャッジで、上位2人に4対3で票が割れた大接戦でした。

ヌブレは翌年もオリンピアに出場し、また3位に。

世界一の座を手にするため、ヌブレは1年間オフを取り肉体を1から作り直しました。

そして1975年、満を辞して復帰したヌブレは、オリンピアの王座を獲得…できませんでした

今でも語り継がれる大事件が起きたのです。

伝説(悪い意味で)の1975年ミスター・オリンピア

(これは1969年のMr.ユニバースの画像)

当時、オリンピアを5連覇していたアーノルドは、1975年の大会を最後に現役を引退することを表明していました。

“息子”
その後、1980年に1度だけ現役復帰しています。

大会前の下馬評では、ヌブレが優勢との声が多数でした。

しかし、IFBBは当時ボディビル界の絶対的なスーパースターだったアーノルドをなんとしても優勝させて、有終の美を飾らせたいと考えていたのです。

そこでIFBBはオリンピアの2週間前に驚きの手段に打って出ました。

なんと「昔アダルト映画に無許可で出演したから」という一発ギャグみたいな理由でヌブレの出場権を剥奪したのです。

これを聞いたヌブレはガン萎えして、筋トレをやめてしまいます。

そしてIFBBは大会前日になって急に「やっぱお前出ていいよ」と出場を許可しました。

しかし、2週間も筋トレをしていないヌブレは筋量が6kgも減少。

そんな状況でまともに戦えるわけがなく、結局アーノルドが6連覇を達成しました。

“息子”
まともに戦えるわけがないのに、ヌブレが準優勝だったんですけどね。AVに出るくらいなので、テストステロンが強すぎてコンディションが落ちなかった可能性が非常に高いです。

ちなみに、アーノルドらに密着した伝説のボディビルドキュメンタリー映画『パンピングアイアン』にヌブレも出演しています。

しかし、当時トップビルダーの1人だった割には、出演時間は短め。ヌブレによると「ギャラが安すぎて取材を断った」のが理由らしいです。

IFBBにブチ切れてWABBAに移籍|現役引退後

1975年のオリンピアの件でブチ切れたヌブレは、当時IFBBに並ぶボディビル団体だったWABBAと、かつて所属していたNABBAに主戦場を移します。

1976年にMr.ユニバースで優勝すると、その後1983年まで現役を続けました。

引退後は、パリでジムを運営したり、トレーナーをしていました。

2011年に亡くなる直前まで、トレーナーとして若いビルダーの指導をしていたそうです。

サージヌブレのトレーニング

ヌブレのトレーニングは非常にユニーク。

とにかくパンプを重視していました。

1種目12レップを6~8セットがメインで、レストは10秒~30秒ほど。

全可動域で負荷をかけ続けることを意識して、限界まで追い込むことはほとんどありませんでした。

扱う重量も軽め。ヌブレの大胸筋はめちゃくちゃデカいですが、ベンチで100kg以上扱うことはほとんどなかったそうです。

頻度は、各部位週2が基本でした。

四頭・胸トレの例

・スクワット
・レッグプレス
・レッグエクステンション

・ベンチプレス
・ダンベルフライ
・インクラインベンチプレス
・インクラインダンベルフライ
・ダンベルプルオーバー

ハム・背中トレの例

・懸垂
・ラットプルダウン
・ラットプルダウンビハインドネック
・ベントオーバーロー

・ライイングレッグカール
・スタンディングレッグカール
・カーフレイズ

腕・肩トレの例

・パックプレス
・フロントレイズ
・アップライトロー
・サイドレイズ

・ケーブルカール
・ケーブルプレスダウン
・バーベルカール
・ディップス

これはヌブレのトレーニングの様子を撮影した貴重な動画です。

サージヌブレの食事

ヌブレは、食事もユニークでした。

マクロ計算なんてせずに、食いたいものを食うだけ。全て感覚でやっていたそうです。

とにかく肉を食いまくっていたらしく、1日に馬肉を3kg近く食べることもあったそうです。

あとは、米と豆を適当に食っていたとのこと。

もちろんサプリも摂取しません。

サージヌブレの画像・名言

優れたボディビルダーになるには、優れた観察者になることだ。

アホみたいに食って筋トレすれば、デカくなるよ。保証する。

完璧なフォームを身につけてこそ、完璧な肉体が手に入る。適当なフォームでは、バランスが悪くなる。

ボディビルは、スポーツである前に芸術である。

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3 件のコメント

  • 先日女性の増量の記事の時に相談した者です。リコンプを…との回答にPCFも意識して大体1500〜1600カロリーでもちろん今まで通り筋トレも行いながら、1ヶ月過ごしたら、体脂肪率が26から28%くらいまで増えてしまいました。
    体重も51.5から現在53キロに!!
    これは失敗している可能性が高いですか?
    無駄に食べすぎてもいないと思うので、どこをどう改善すべきかわかりません。
    よければご指導お願いします。

    • これまで低カロリーの食事をしていたので、体に水分などが溜まりやすくなっている状態です。増えた体重が全て脂肪というわけではありません。また、市販の体脂肪計はでたらめな数字しか出さないので無視していいです。見た目の変化で判断してください。現時点では、これまで通り続けていいと思います。

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