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ナッサー・エル・サンバディの全て|ボディビル界の”プロフェッサー”

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

めちゃくちゃにデカくて、めちゃくちゃにシンメトリーなフィジークで、数々の大会で好成績を収めたナッサーエルサンバディ。

素晴らしいビルダーであっただけでなく、7ヶ国語を話すインテリでもありました。

2013年に47歳の若さで亡くなった後も、世界中で彼のレガシーは受け継がれています。

今回は、そんなナッサーエルサンバディの経歴・トレ・食事などを徹底解説していきます。

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ナッサーエルサンバディのプロフィールと経歴

・身長 180cm
・体重 133.8kg~140.6kg

愛称は、ザ・プロフェッサー。

ボディビルダーはキモいと思っていた幼少期

ナッサーは、1965年にドイツのシュトットガルトで生まれました。

彼の父親はエジプトから、母親はセルビアからの移民でした。

彼は元々サッカーをしていて、筋トレの経験が一切なかったそうです。

むしろ、ビルダーの体を「キモい」とすら考えていたと話しています。

転機が訪れたのは17歳の時。

ある日、サッカーの試合後にたまたま友達とジムに行ってみたのです。

そこで、レッグプレスやレッグエクステンションを適当にやっていたところ、横で理解不能な高重量を扱っているウェイトリフターを見て衝撃を受けます。

こうして、少しずつ筋トレをするようになっていきました。

当時から、いきなりベンチプレスで85kgをブチあげるなど尋常ではない才能を見せつけていたそう。

父親の反対を押し切り、ボディビルダーへの道を歩む

ナッサーは、筋トレや栄養学の理論を学び、ますます筋トレにのめり込んでいきます。

1985年、20歳の時に初めて地元のボディビル大会に出場すると、6位に入賞。ボディビルへの自信を深めました。

この頃、父親はナッサーがボディビルをするのに反対していました。

父親は「ボディビルやるやつなんて、他に何もできないナルシスト野郎しかいないだろ」と思っていたそうです。

ナッサーは、アウクスブルク大学で歴史・政治経済・社会学の3つの学位を取得していたので、彼の父親は尚更「なんでボディビルなんてやるんだよ」と思っていたでしょう。

結局、ナッサー本人は「どうせこいつには何を言っても分からないだろう」ということで、フルシカトしていたとのこと。

アメリカに移住し、プロとして活躍

地元ドイツの大会からヨーロッパの大会に活躍の場を広げると、IFBBプロカードを獲得。

そして、1990年のGrand Prix Finlandでプロデビュー。8位に入賞しました。

その後、いくつかヨーロッパの大会に出場しますが、彼は故郷ドイツを離れ、アメリカに移住することを決意します。

ボディビルの世界で生きていくなら、やはり本場アメリカで名前を売る必要があると考えたからです。

1994年にはミスター・オリンピアに初出場し、6位入賞

翌1995年には、ヒューストンプロでプロ初優勝を飾りました。

募るジャッジへの不信感

(1997年のミスター・オリンピア)

この頃、ナッサーはボディビル界、特にジャッジへの不信感をつのらせていました。

審査に不正が働いていると考えていたのです。

1997年のミスター・オリンピアで2位に入賞したときのことを、こう振り返っています。

あの時優勝したドリアン・イエーツに比べて、俺の方が間違いなくサイズもプロポーションもコンディションも上だった。ドリアンなんて、全身筋断裂しまくりで、ひどいプロポーションだった。

そして、1997年のオリンピアで優勝していれば、スポンサーがもっと集まっていて「5億円は収入が増えていただろう。ふざけんな」と話しています。

現役晩年

その後は、1999年にアーノルドクラシックで優勝。これが、彼の生涯最高成績となります。

オリンピアでは、1998年に3位に入賞してからは、あまり目立った成績を残していません。

そして、2005年に引退しました。

引退後〜突然の死

引退後は、黄色ブドウ球菌が皮膚に感染し、重症化したことで命を落としかけるなど健康に問題を抱えていました。

そして、2013年に47歳で急死してしまいます。

死因は、腎臓病を原因とする心不全だったとのこと。

詳細は明かされていないので、ステロイドが原因となったという憶測もあります。

“息子”
ナッサーは、ステロイド使用を公に認めていました。

ナッサーエルサンバディのトレーニング

ナッサーは、ボリュームよりも強度を重視していました。トレーニング時間は、なるべく短くなるように工夫していたとのこと。

トレーニングは、フリーウェイト中心。

パートナーをつけずに1人で黙々と鍛えていたことで有名です。

また、ビルダーとしては珍しくオフでも有酸素を行っていました。

胸トレの例

・インクラインダンベルプレス
・ダンベルフライ
・ディクラインダンベルフライ
・ケーブルクロス

肩トレの例

・ショルダープレス
・リアレイズ
・ワンハンドサイドレイズ
・オーバーヘッドプレス

脚トレの例

・レッグエクステンション
・スクワット
・レッグプレス
・ハックスクワット
・レッグカール
・スタンディングレッグカール

背中トレの例

・デッドリフト
・ベントオーバーロウ
・ワンハンドロウ
・ラットプルダウン
・懸垂

腕トレの例

・フレンチプレス
・ケーブルプレスダウン
・スカルクラッシャー

・ダンベルカール
・ハンマーカール
・プリーチャーカール

ナッサーエルサンバディの食事

オフは、とにかく食事量を増やすことで、体重は150kgに達したことも。

減量中は、600gのタンパク質を摂るように意識していたそう。

食事の例

1食目

・卵白10
・卵黄2
・全粒粉パン

2食目

・プロテイン
・バナナなどの果物

3食目

・プロテイン

4食目

・胸肉340g
・玄米かサツマイモ

5食目

・ステーキ340g
・サラダ
・サツマイモ

6食目

・ステーキかカッテージチーズ283g

ナッサーエルサンバディの画像と名言

1990年代のボディビルは、鬼のようにレベルが高かった時代。

これでもオリンピアが獲れないという。

名言

マシンの方が楽だし、集中しなくていいし、安全だから皆マシンを選ぶんだ。でも、本当にデカくなりたいなら、誰もが嫌うことをやらなければいけない。フリーウェイトを使え。痛みに耐えろ。

スクワットは、どんな薬よりも”効く”んだ。

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