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マイク・メンツァーの全て|ドン底から再起した男の生涯・トレ・食事

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

1970年代、あのアーノルド・シュワルツェネッガーの最強ライバルとしてボディビル界に君臨した男、マイク・メンツァー

疑惑の1980年Mr.オリンピア(詳しくは後述)では、アーノルドと殴り合い寸前にまでなったことも知られています。

また、29歳と若くして引退した後はドリアン・イエーツをオリンピアで6連覇させるなど、トレーナーとしても優れた手腕を発揮しました。

何より、メンツァーは非常にクセのある面白い人間でした

喜怒哀楽に満ちた彼の人生は、1つのストーリーとしても魅力的なもの。

今回は、そんなマイク・メンツァーの、

・経歴と生涯

・独自のトレーニング法

・食事内容

などを解説していきます。

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マイク・メンツァーのプロフィールと経歴

Mike Mentzer
・身長 173cm
・体重 102kg
・上腕 47cm

超優等生だった少年時代・筋トレとの出会い

メンツァーは、1951年にアメリカのフィラデルフィア州で生まれました。

比較的裕福な家庭で、両親は教育熱心。

高校では、成績がオールAでした。

筋トレを始めたのは、12歳の時。ボディビル雑誌に載っていた、ムキムキのビルダー達に憧れたことがきっかけです。

当時、体重は40kgほどでガリガリだったメンツァーは、彼らのようにムキムキになりたいと強く思ったそうです。

メンツァーは、父親に頼み込んでバーベルのセットと筋トレ教本を買ってもらいました。

本の通りに筋トレを始めた彼は、すぐに才能の片鱗をのぞかせます。

筋トレ歴3年、15歳の頃には体重は75kgに、ベンチプレスのMAXはなんと170kgにまで達しました。

高校卒業後、空軍に4年間所属していた時も、ほとんど毎日2時間~3時間筋トレをしていたそうです。

国を守るのより筋トレを優先してたんですね。

国防を無視してボディビルに没頭

空軍に入隊した年、メンツァーは初めてボディビル大会に出場します。

地元の小さい大会でしたが、優勝することができました。

やる気が出たメンツァーは、直後にMr.アメリカという全米クラスの大会に出場。

ここでは、10位に入賞しました。

しかし、それ以上に大きい収穫を得ます。

それは、アーサー・ジョーンズという男との出会いです。

アーサー・ジョーンズは、現在もトップクラスのトレーニングマシンのブランドとして知られる、ノーチラスの創業者。

当時、一流トレーナーだったジョーンズは、大会に出場していたメンツァーの才能を見抜き、トレーナーをすると申し出たのです。

こうしてジョーンズと筋トレを始めたメンツァー。

これからアメリカを代表するビルダーになるぞ…と思っていた矢先、悲劇に見舞われてしまいます。

肩に深刻なケガを負ってしまったのです。

まともにトレーニングできない期間が数年続き、軍隊も辞めました。

“息子”
肩のケガって、本当にしつこくて面倒なんですよね。

ここから、1974年までボディビル大会から遠ざかることになります。

この間、突然「俺、精神科医になるわ」と言い出したメンツァーは、医学部に通い始めています。結局「俺、やっぱ向いてないわ」と言って中退しました。気分屋すぎませんか。

復活|トップビルダーの1人になる

1975年に入ると、ようやく本格的に筋トレを再開できるようになりました。

そこからは早く、数カ月後にはMr.アメリカに出場し、3位に入賞しています。

年々少しずつフィジークを改善していき、伝説を作ったのが1978年。

アマチュア世界最高峰の舞台であるMr.ユニバースで、優勝し、プロカードを獲得しました。

それも、史上唯一の300点満点というパーフェクトスコアを達成、というおまけつき。

プロデビュー|疑惑の1980年オリンピア

1979年、オリンピアに初出場し、ヘビー級のタイトルを獲得しますが、オーバーオールではフランク・ゼーンに敗れます。

そして、翌1980年のオリンピアでは4位に順位を落としますが…

1980年のオリンピア

1980年のオリンピアで優勝したのが、アーノルド・シュワルツェネッガーです。

引退していたアーノルドは、この大会で5年ぶりに現役復帰を果たしました。

それで優勝したのですが、この大会は真っ黒。

真っ黒ポイント1:「特例」で出場している

まず、アーノルドは引退していたので、本来なら出場資格がありません。

でも「彼は有名人だから」ということで出場が特別に許可されました。

真っ黒ポイント2:疑問が残る審査

5年ぶりに復帰したアーノルドは、あまり優れたコンディションとは言えませんでした。

さらに、ポージング中に勝手に動いたりしてジャッジに警告を受けていました。

それでも、優勝したのです。

真っ黒ポイント3:審査員の買収疑惑

「今年のオリンピアは明らかに審査がおかしかった」と話題になっていたところ、新たな問題が出てきました。

アーノルドが、大会直前にIFBBに働きかけ、審査員を自分の知り合いに変更したことが分かったのです。

メンツァーがブチ切れ

結局、この大会は今でも「IFBBが知名度のあるアーノルドをゴリ押しで優勝させた」と考えている人が多いです。

アーノルドの優勝がコールされると、観客はブーイング

大会はテレビで放映される予定が、キャンセルに。

3位のフランク・ゼーンは、バックステージでトロフィーを床に叩きつけたそうです。

メンツァーも当然ブチ切れ

彼の場合は、直接アーノルドに食ってかかります。

裏では、アーノルドとメンツァーの間で暴言の応酬。結果、殴り合い寸前にまでいったそうです。

その後も、メンツァーは自身のセミナーなどでアーノルドの悪口を言いまくったため、IFBBのブラックリスト入りに。

結局、この大会を最後に、29歳の若さで引退してしまいました。

“息子”
メンツァーは、死ぬまで「あれは八百長だ」と言い続けたそうです。

引退後|薬物依存との戦い

メンツァーは現役中の1979年から、アンフェタミン(メタンフェタミンじゃない方の覚醒剤)の乱用を始めていました。

当初は、日々の筋トレや仕事の生産性を上げるために使っていましたが、徐々に依存するように。

何度か救急搬送されるほどヤバい状態でしたが、1990年に「マジでヤバい状態」になった時、依存から脱する決意を固めました。

環境を変えるために、ボディビルの聖地カリフォルニアのベニスに引っ越し、ゴールドジムでトレーナーとして働き始めました。

そして、ドリアン・イエーツと出会います。

メンツァーがビシバシ鍛えた結果、ドリアンはオリンピアで6連覇を達成。

ビルダーとしてだけでなく、トレーナーとしても成功を収めたのです。

突然の死

メンツァーには、弟がいます。

彼もビルダーで、よく一緒に書籍やビデオを作ったりしていました。

2001年の6月、いつものように一緒にビデオを作っていた彼ら。

弟さんが、ベッドで仮眠を取ったきり、朝まで起きませんでした。

おかしいと思ったメンツァーが確認するも、すでに弟さんは亡くなっていました。

持病の腎臓病が原因でした。

メンツァーも、後を追うように弟の死の2日後、心臓発作で急逝してしまいます。

こうして、メンツァーの激動の人生は幕を閉じました。

翌2002年には、IFBBの殿堂入りを果たしています。

マイク・メンツァーのトレーニングと食事

メンツァーは、ヘビーデューティートレーニングと呼ばれる方法を取り入れていました。

高重量を使い、とにかく限界を超えて追い込んでいくというトレーニング法。

1種目につき基本1セットのみとボリュームは少なめで、頻度も週1~10日に1度と、低め。

ドリアン・イエーツを指導したときも、ヘビーデューティーを用いていました。

“息子”
ヘビーデューティートレーニングですが、個人的にはおすすめしません。理由など詳しくは、上記のリンク先をどうぞ。

トレーニングメニューの例

脚・胸・三頭

・レッグエクステンション
・レッグプレス
・スクワット
・レッグカール
・カーフレイズ
・カーフレイズ(マシン)

・ダンベルフライ
・ペックフライ
・インクラインベンチプレス
・ディップス

・ケーブルプレスダウン
・ディップス
・スカルクラッシャー

背中・肩・二頭

・マシンプルオーバー
・クローズグリップラットプルダウン
・ベントオーバーロウ

・シュラッグ
・アップライトロウ
・サイドレイズ
・マシンショルダープレス
・リアデルトロウ

・バーベルカール
・コンセントレーションカール

メンツァーの食事

メンツァーは、炭水化物を重視していました。

「デカくなりたいなら、炭水化物だ」とのこと。

実際の食事はシンプル。

以下の4つの食べ物を、毎食全て食べていくだけ。

あとは、目標摂取カロリーに合わせて量を調整していきます。

食べ物1:シリアルや穀物

基本はオートミール。

食べ物2:フルーツと野菜

食べ物3:肉・魚・卵

1食100gが基本。

食べ物4:乳製品

牛乳とチーズがメイン。

マイク・メンツァーの画像と名言

名言

男の偉大さは、平凡さや失敗、ストレスで決まるのではない。何を成し遂げたか、どれだけ強いか、どれだけ崇高かで決まる。一言で言えば「ヒーローになれ」ということだ。

オーケストラを率いるためには、まず観衆に背を向けなければならない。

目標は、頭で完璧に想像できなければ、達成できない。

筋トレが筋肉を成長させるのではない。筋トレは、筋肉を成長させる体のスイッチを入れるだけだ。筋肉を成長させるのは、自分自身の体だ。もちろん、適切な休養のを取った上で。

壮絶な人生を送ったメンツァー

メンツァーは、生き様も、そしてトレーニング方法も、クセのあるビルダーでした。

薬物依存のドン底を乗り越えて、ドリアンをオリンピア6連覇に導いたのは本当に素晴らしいです。

清原も頑張ってください。

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