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ルー・フェリグノ|”リアルハルク”の経歴・トレ・食事などを徹底解説

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

ボディビル界を超えて、ハリウッドで活躍しているボディビルダーといえば、やはりシュワちゃんを真っ先に思い浮かべますよね。

では、シュワちゃんの次に活躍しているのは?

それは、ルー・フェリグノです。

彼は、MCU(マーベル)でハルク役として活躍している元ボディビルダー。

ハルクがブチ切れてパンプアップした時の「声」を担当しているのが彼なんです。

今では世界的大人気シリーズの主要キャラの声優をフェリグノですが、1970年代はアーノルドのライバルとして君臨したトップビルダーでした。

ミスター・オリンピアでの最高成績は、準優勝

今回は、そんな彼の経歴・トレ・食事などを徹底解説していきます。

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ルー・フェリグノのプロフィールと経歴

Lou Ferrigno
・身長 195.5cm
・体重 129.3kg~133.8kg
・上腕 57cm
・胸囲 150cm

>>公式インスタ
>>公式Twitter

いじめを受けた幼少期

(ハルク役のフェリグノ)

フェリグノは、1951年にニューヨークのブルックリンで生まれました。

幼い頃、感染症にかかったことで、聴力を8割ほど失ってしまいます。

これが原因で、学校でいじめを受けていたそうです。

しかし、いじめを克服する手段としてアメフトなど様々なスポーツを始め、いじめっ子を黙らせました。

13歳の頃、あるアメコミと運命の出会いを果たします。

それは、超人ハルク

“息子”
ハルクは、1962年にマーベルで初登場しました!

フェリグノ少年は、漫画の中のマッチョに憧れて筋トレを始めました

この時は、まさか自分が将来ハルク役で映画に出演するとは夢にも思っていなかったでしょう。人生おもしろすぎ。

当時は、器具を買うお金がなかったので、ほうきの端にコンクリートを詰めたバケツをつけてバーベル代わりに使っていたそうです。

高校卒業後、ボディビルの道へ

その後も筋トレを続け、高校を卒業する頃にはかなりのデカさになっていました。

20歳の頃、初めて大会に出場。

WBBGのMr.アメリカ・ジュニア部門で優勝という結果を収めます。

その後、同じ年によりレベルが高いAAUのMr.アメリカのジュニア部門で4位に入賞し、モストマスキュラー賞を獲得しました。

翌年は、さらに飛躍します。

当時ミスター・オリンピアに次ぐレベルの大会だった、Mr.ユニバースで2位に入賞したのです。

そして、次の年のMr.アメリカとMr.ユニバースを制しました。

この時点で、フェリグノは世界最高のビルダーの1人になっていました。

プロビルダーとしてのキャリア

1974年に、ミスター・オリンピアに初出場。アーノルドを負かすことはできませんでしたが、世界最高の舞台で2位という好成績。

1975年、ミスター・オリンピアに密着したドキュメンタリー映画『パンピングアイアン』が公開。アーノルドと並んでフェリグノも出演しています。

この年のオリンピアでは3位に終わり、ボディビルダーとして一線を退きました。

俳優の道に進むことを決意したのです。

俳優として

1977年、幼い頃に憧れたハルクの実写版テレビシリーズに、ハルク役で出演。

以降、ハルクの映像化作品は、2003年公開の『ハルク』を除き、『アベンジャーズ/エンドゲーム』まで全てフェリグノがハルク役を演じています。

“息子”
通常時がマーク・ラファロで、パンプした時がフェリグノです!

ハルク以外にも、その肉体を活かして『超人ヘラクレス』などの映画に出演しました。

ドラマシリーズを含めると、現在までに50以上の作品に出演。

アーノルドを除けば、俳優として最も成功したビルダーなんです。

突如ボディビルに復帰

1975年以降、ボディビルの表舞台から遠ざかっていたフェリグノですが、筋トレへの情熱は冷めていませんでした。

1992年、41歳にして突如現役復帰し、ミスター・オリンピアに出場。結果は12位でした。

その翌1993年も出場し、10位に順位を上げています。

1994年は、当時オリンピアに存在したマスターズ部門に出場し、2位に入賞。

この大会後、2度目の引退を表明しました。

引退後|俳優以外にトレーナーとして活躍

引退後は、俳優活動も続けていましたが、それ以外にトレーナーとしても活動しています。

有名どころでは、マイケル・ジャクソンの最後の公演になる予定だった”THIS IS IT”前の、体作りを担当したり、史上最強の男であるチャックノリスのトレーナーもしています。

もちろん、彼自身も筋トレも続けていて、70歳近くになった今もこの肉体。

 

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ルー・フェリグノのトレーニング

メニューは3分割。1部位を週2で当てていました。

レップ数は10レップ前後中心、セット数は5セット前後。

典型的な70年代のハイボリュームメニューです。

胸と背中のメニュー例

・ベンチプレス
・インクラインベンチプレス
・ダンベルプルオーバー
・ダンベルフライ
・ディップス

・Tバーロー
・デッドリフト
・ベントオーバーロー
・懸垂
・懸垂(逆手)

肩と腕のメニュー例

・ミリタリープレス
・ダンベルショルダープレス
・バックプレス
・サイドレイズ
・リアレイズ

・バーベルカール
・ダンベルカール
・コンセントレーションカール
・インクラインダンベルカール
・ケーブルプレスダウン
・フレンチプレス
・スカルクラッシャー
・ケーブルトライセプスエクステンション

脚のメニュー例

・レッグカール
・レッグエクステンション
・レッグプレス
・スクワット
・ハックスクワット

こちらは、アーノルドとフェリグノの合トレの様子を収めた貴重な動画です。

ルー・フェリグノの食事

フェリグノは、ハイカーボ気味の食事を好んでいました。

実際の食事例

1食目

・オートミール
・卵
・サラダ

2食目

・全粒粉パスタ
・魚
・果物

3食目

・米
・ステーキ
・果物

4食目

・鶏胸肉
・サラダ

ルー・フェリグノの画像と名言

身長190cmオーバーでこの筋肉です。おそらく、生で見たら半端じゃない迫力だと思います。

この動画は、フェリグノが1992年のオリンピアで現役復帰を果たした時のもの。

“息子”
本当に引退してたのかこの人…

名言

チャンピオンになりたいなら、チャンピオンのように振る舞うことだ。

週に3日筋トレするくらい、誰でもできる。でもほとんどの人はやらない。結局、みんなデブのままでいたいんだ。変わりたいと思えば、人間は変われる。全てはモチベーションだ。

今になって思えば、俺はずっと”リアルハルク”として生きてきたんだよ。

年齢やブランクを言い訳にしなかったリアルハルク

俳優として活躍しても、ボディビルダーとしてトップになる夢を諦めなかったフェリグノ。

20年近いブランクを経て、しかも40歳を過ぎて、ミスター・オリンピアで12位に入賞した彼を見ると、年齢を言い訳に何かを諦めるのはもったいないと強く思います。

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