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フランク・ゼーン|ボディビル史上最高の”美しい”フィジークを持つ男

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子(@dynamitemusuko6)です!

あなたは、史上最強のボディビルダーといえば誰を想像しますか?

おそらく、ロニー・コールマンやアーノルド・シュワルツェネッガーを思い浮かべる方が多いと思います。

では、最も”美しい”フィジークのビルダーといえば?

僕は、フランク・ゼーンだと思っています。

彼は、シンメトリーな素晴らしいプロポーションを武器に、ミスター・オリンピアを3度制覇している名ビルダー。

現在のメンズフィジーク競技の理想形ともいえる肉体で、引退から40年近く経つ今でも根強い人気を誇ります。

また「世界一マッチョな数学教師」として、ボディビルダーの傍ら教鞭を取り続け、「科学者」の異名を持つ頭脳派でもあるんです。

この記事では、そんなフランク・ゼーンの

・経歴

・トレーニング内容

・食事内容

などを徹底解説していきます。

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フランク・ゼーンのプロフィールと経歴

・Frank Zane
・身長 175cm
・体重 83.9kg~88.5kg
・上腕 45.7cm
・胸囲 132cm

>>公式インスタ
>>公式サイト

ケンカに明け暮れた幼少期

フランクゼーンは、1942年にアメリカのペンシルベニア州で生まれました。

彼が育ったのは炭鉱がある町で、あまり治安が良くありませんでした。

そんな中、ゼーンも小学生の時からケンカに明け暮れます。

毎日毎日、誰かしらと喧嘩していたそうです。

当時はあまり体も大きくなかった彼は、もちろんケンカに負けてボコされることもありました。

しかし、そんな時でも彼は立ち上がり、再び拳を交えに向かったのです。

この時の経験から、後のビルダー人生で役立つことになる負けん気の強さを培ったそうです。

ボディビルとの出会い

相変わらずケンカをしまくっていたゼーンは、14歳の時に運命の出会いを果たします。

学校のゴミ箱から、偶然ボディビル雑誌を見つけたのです。

雑誌の中のビルダー達の筋肉に衝撃を受けたゼーンは、すぐに30ボンド(13kg)のダンベルを購入。筋トレを始めました。

あり余るエネルギーを筋トレに注ぎ込んだ彼は、凄まじい勢いでデカくなっていきました。

3年で、体重を58kgから72kgまでほとんど筋肉で増やしたそうです。

ガリガリだった少年が、たった3年でバキバキのマッチョに大変身。

当初は、家族は筋トレに熱中するゼーンをよく思っていなかったらしく、父親には「そんな無意味なことしてないで、草刈りしてくれ」とよく言われたと本人は話しています。

“息子”
無視して筋トレしまくってたらしいですが笑

しかし、平日は家で自重トレに励み、休日にはヒッチハイクをして30km離れたジムに通う彼の姿を見て、家族も次第に理解を示すように。

フロリダで数学教師になり、妻を洗脳

 

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その後、ゼーンは地元ペンシルベニアの大学に通い、教員免許を取得。

フロリダ州で数学教師として働き始めました。

もちろんこの頃も筋トレは続けていて、休日にはボディビル大会に出場して無双する日々。

そして、彼はのちの妻であるクリスティーンに出会います。

ボディビルなんて興味がなかったクリスティーンですが、ゼーンに洗脳されたおかげで筋トレ中毒に。

大会に出るほどハマってしまいます。

数学教師か?ボディビルダーか?

フロリダで妻と筋トレを続けたゼーンは、かなりのレベルに仕上がってきました。

1968年には、全米規模の大会であるMr.アメリカで優勝。

“息子”
ちなみに、妻クリスティーンも前年のMs.アメリカーナで優勝しています。なんという夫婦。

その翌週には、Mr.ユニバースで若き日のアーノルド・シュワルツェネッガーを破り優勝を果たしています。

こうしてトップビルダーとなったゼーンは、この時もまだフロリダで数学教師として働いていました。

しかし、もっと自分を高いレベルで追い込みたいと考えるように。

そして、それは妻クリスティーンも同じでした。

結果、2人である決意をします。

それはボディビルの聖地カリフォルニアへの移住です。

カリフォルニアで世界最強の数学教師になる

ロサンゼルスに移り住んだゼーンは、やはり教師を続けながら筋トレに没頭する日々を送りました。

この頃には、世界最強の数学教師になっていたゼーン。

彼になめた態度を取る生徒は1人もいなかったでしょうし、授業中に私語をする生徒など1人もいなかったでしょう。

すごいのは、しっかり教師としての仕事に取り組みながら、ボディビルでも圧倒的な成績を残したこと。

1969年はMr.ワールドのタイトルを獲得。

1970年、1972年はMr.ユニバースのタイトルを獲得。

そして、1977年からミスター・オリンピアを3連覇しました。

またこの時期、ゼーンは心理学を学ぶために再び大学に入り直し、卒業しています。本当にスーパーマン。

オリンピア4連覇を狙うも…

オリンピア3連覇を達成したゼーンは、1980年も4連覇を狙い、トレーニングを積んでいました。

オリンピアまで8週間という頃、彼は不慮の事故に見舞われてしまいます。

自宅のプールサイドで歩いている時、滑って転んでしまったのです。

ただ滑って転ぶだけなら面白くて終わりですが、頭をパックリ切ってしまったのです。

これが相当深い傷だったようで、病院につく頃には、失血死する寸前だったそう。

なんとか一命を取りとめましたが、傷口が何度も開き、何度も病院に通うハメになりました。

結果、まともに筋トレができず、オリンピアまで数週間というタイミングで彼は7kgもの筋肉を失ってしまいます。

この時、ゼーンは現役を引退していたアーノルドに、大会に出場すべきかどうか相談しています。

アーノルドは「絶対に出場すべき。タイトルを守ってこい」と言われ、出場を決意。

ところが、、、

疑惑の1980年ミスター・オリンピア

1980年のミスター・オリンピアは、疑惑の大会として知られています。

現役引退した身でゼーンにアドバイスをしていたアーノルドは、なんとオリンピアの直前に突如現役復帰を表明

ほとんどコンデイションが仕上がっていない中、(疑惑の)優勝をしていまいます。

“息子”
ゼーンは3位でした。7kg筋肉落ちても3位。

さらに、アーノルドがオリンピア前にIFBBに掛け合い、自分の知り合いを審査員に起用させていたことが分かり、大問題に発展。

今でも議論の的になる大会になりました。

ブチ切れたゼーンは、翌1981年のオリンピアをボイコットしました。

命に関わるケガを押して、頑張って出場したのにこの仕打ちですからね。

またもや不慮の事故。そして現役引退

1982年のオリンピアでは復帰し、2位に入賞。

1983年のオリンピアに向けて準備をしていた時、またもや不慮の事故に見舞われます。

今度は、自転車に乗っている時にコケてしまい、肩を痛めました。

手術が必要なほどのケガでしたが、手術をすればオリンピアに出ることができないので、拒否。

“息子”
結局、オリンピア後に手術をしています。

激痛に耐えながら、トレーニングを続けました。

そして、4位に入賞。これが、ゼーンの現役生活最後のコンテストになりました。

引退後から現在まで

引退後は、ボディビルについて学ぶことができる施設、Zane Havenを妻クリスティーンとともに設立。

もちろん、施設にはジムも併設してあり、クライアントの指導もしています。

その後はビジネスを拡大。

サプリ、本、DVD、筋トレ器具の販売や、カリフォルニアでボディビルの博物館を運営するなど、多方面で活躍しています。

“息子”
頭がいい方なので、商売も上手。

最近も変わらずビジネスを続けています。

この前も、サディクハゾビックのトレーニング指導をしていました。

フランク・ゼーンのトレーニング

現役生活を通じて、トレーニングスタイルは色々変えていました。

好んでいたのは、

  1. 背中・二頭
  2. 胸・三頭・肩

の3分割。

レップ数は8~12レップ。

小さい筋肉群は10セットほど、大きな筋肉群は20セットほどこなしていました。

そして、レスト中は15秒ほど対象筋のストレッチをします。

さらに、腹筋は毎回のセッションで個別に鍛えていて、1日で1000レップをこなすことも珍しくなかったそうです。

背中・二頭のメニュー例

・フロントプルダウンマシン
・ビハインドネックラットプルダウン
・ケーブルロウ
・シュラッグ
・クローズグリップラットプルダウン
・コンセントレーションカール
・ケーブルプリーチャーカール
・オルタネイトカール

脚のメニュー例

・アブダクション
・レッグカール
・レッグエクステンション
・レッグプレス
・スクワット

胸・三頭・肩のメニュー例

・インクラインダンベルベンチプレス
・ペックフライ
・マシンディップス
・マシンプルオーバー
・サイドレイズ
・トライセプスエクステンション
・リアレイズ
・ダンベルキックバック

フランク・ゼーンの食事

ゼーンは、筋トレ前の食事をとにかく重視していました。

筋トレ後はプロテインも飲まずに、1時間経ってようやく食事をすることもあったほどですが、筋トレ前は徹底していたそうです。

また、オフでも体をリーンに保つため、1日の摂取カロリーが3,000kcalを超えることはほとんどありませんでした。

糖質を抑えめにし、高タンパクを意識。最低でもカロリーの25%を、フィッシュオイルなど良質な脂質から摂取するようにしていました。

食事の例

1食目

・卵白
・オートミール

2食目

・胸肉
・オートミール

3食目

・ステーキ
・ポテト
・サラダ

4食目

・胸肉
・サラダ

5食目

・卵白

フランク・ゼーンの画像と名言

素晴らしいフィジーク、、彫刻のような筋肉ですよね。

名言

弱くあるのも、強くあるのも、全ては自らの選択次第だ。

日単位ではなく、時間単位で生きろ。次の1時間で、君は何を成し遂げる?

ボディビルで成功したいなら、自分や他人をよく観察するのが大切だ。

ボディビル界の異端児、フランク・ゼーン

数学教師をしながら、ボディビルで世界を獲った男、フランク・ゼーン。

忙しい時でも、筋トレを頑張ろうという気持ちにさせてくれますね。

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